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【太平洋序曲 感想】研ぎ澄まされた美のなかでさざめく群像劇

2023年3月は特筆して忙しかった。
観たいミュージカルがいっぱいあって、ミュージカル以外にも観たいものが押し寄せていた。
こんなに一気に押し寄せなくていいのに。

というわけで感想記事が滞っているが、まずはミュージカル「太平洋序曲」の感想を。

ストーリー

ミュージカル『太平洋序曲』公式サイト | 梅田芸術劇場

時は江戸時代末期。海に浮かぶ島国ニッポン。
黒船に乗ったペリーがアメリカから来航。
鎖国政策を敷く幕府は慌て、浦賀奉行所の下級武士、香山弥左衛門(海宝直人・廣瀬友祐)と、
鎖国破りの罪でとらえられたジョン万次郎(ウェンツ瑛士・立石俊樹)を派遣し、
上陸を阻止すべく交渉を始める。 一度は危機を切り抜けるものの、将軍(朝海ひかる)のもとには 諸外国が列をなして開国を迫りくる。 目まぐるしく動く時代。 狂言回し(山本耕史松下優也)が見つめる中、日本は開国へと 否応なく舵を切るのだった。

公式サイトやパンフレットに記載のストーリーは、「狂言回しは~」のくだりを除けばほぼ史実である。

プリンシパルキャストはこの公式ストーリーに載っている、狂言回し(山本耕史松下優也のWキャスト)、香山弥左衛門(海宝直人・廣瀬友祐のWキャスト)、ジョン万次郎(ウェンツ瑛士・立石俊樹のWキャスト)、将軍(朝海ひかる)の4名。
いわゆるアンサンブルは、パンフレットなどには「カンパニーメンバーズ」と記載があり、確かにアンサンブルの枠におさまらない大活躍で、もはや彼らの物語である。

狂言回しが物語を引っ張り、香山とジョン万次郎の交流があり、と話は進んでいくが、その時代の一般の人々の物語として動いていく。
史実をベースにしながらも、歴史に名前を残すほど時代を動かした人ではない、歴史に名前の残ってない人々の気持ちの動き、時代の空気を描いていく。

キャスト

私が観た日のキャストは以下の通り。(Wキャストの部分のみ抜粋)

そしてシングルキャストの将軍(+女将)の朝海ひかるさんを合わせた4名がいわゆるプリンシパルキャストで、パンフレットにも大きく扱われている。

そして、先述した通り、この作品は「カンパニーメンバーズ」が大活躍する作品で、彼らのソロも多い。
作曲のソンドハイム一番のお気に入りと聞く"Someone In a Tree"も歴史を動かす有名人のビッグナンバーではなく、日米交渉の"目撃者"が歌う。

プリンシパルも合わせて皆様とにかく歌を含めてミュージカル役者としてのスキルが素晴らしい。
ぱっと一部の方々の名前を拝見したときに、ソンドハイムをやるという気合いの入ったカンパニーだなと思ったが、期待を裏切らない。
歌手としてのスキルはもちろん、あのソンドハイム難曲の乗りこなしスキルが高すぎる。

私は舞台でソンドハイム作品を実際に見たのは初めて。
私のソンドハイム経験はイントゥ・ザ・ウッズの映画版を観たことがあるのと、今回太平洋序曲のチケット買ったのでSpotifyにあったブロードウェイ版で予習をしていた程度。

これまで漠然となんか難しくて表現が難しそうだなあ、こんなに難しい意味があるんかなあと舞台の演技を観たこともないゆえに思っていた。
ところが今回の太平洋序曲のカンパニーの大健闘で、人間の機敏というか心のさざ波を表現する力に圧倒された。

研ぎ澄まされた舞台美術

役者陣の大活躍の次に目を引くのが舞台美術の美しさ。

木目調の背景セットが襖のように動いて場面転換する。
日の丸のように丸くくりぬかれて、時折中から浮世絵のような画面が写される。

大きな舞台装置の転換はなく、階段を含めた間の使い方とちょっとした大道具の動きで場面の転換を表していく。
美術のポール・ファーンワース氏がプログラムに「シーンは場所だけでなく、時間的に前後するため、ミニマムさも考慮しました。長い場面転換でストーリーが滞るようではいけませんからね。」と書いていて、洗練した場面転換も計算されていそう。

日本人の思う伝統的な日本らしさ、日本美術そのものというより、外の世界から見た日本らしさというエッセンスが強く、だからこそ外から見た美しい部分が誇張されていて、洗練された印象を受ける。

今回あんまりキャストやイベントを意識しないでチケットをとったのだが、たまたま舞台セミナーが終演後にある会で、なかなか興味深いお話がいろいろと聞けた。

note.umegei.com

美術補の岩本さんが舞台セミナーで語ったところで特に興味深かったのがここの部分。

例えば背景である金色のバックウォールは、岩本さん自身、はじめは分厚くてしっかりとしたものを想像していたようなのですが、ポールさんと話すとパネルは出来るだけ薄いものを求められたのだそう。    確かに薄い方が一枚の美しい紙のような雰囲気が出ることが分かった、とお話されていました。

確かに言われてみると、屏風のようでもありながら、障子ぽさもあるような印象を受ける。
おしゃれだし、なかなか今までに見なかった新鮮さがある。

踏みにじられていく物語

美しい舞台美術の中で、帝国主義に(いろんな意味で)取り込まれていく日本の姿が映し出されていく。

とにかくつらかったのが"Pretty Lady"のシーン。
開国後、外国の水平3人が日本人女性を芸者と勘違いして声をかけるというシーンなんだけど、この蹂躙されていく感覚がじわりじわりと追い込んでいく。
実際にかなり終盤まではケガをさせられたり、直接的な言葉の暴力を振るわれるわけではないんだけど、尊厳を奪っていく描写が非常に長く丁寧でつらい。

曲自体はすごく良くて、事前に聞き込んでいたときはけっこうお気に入りだったのだが、鑑賞後にはもう聴けなくなってしまった。
それだけ不快なシーンとしての作りこみのレベルが高すぎる。

この"Pretty Lady"のシーンだが、その前の"Please Hello"で女性が演じる将軍に諸外国が次から次に不平等条約を結ばせようと迫ってくるところと重なる。
さらに"Welcome to Kanagawa"でペリーたちを"おもてなし"するために女性が集められて訓練しているところから繋がっていると思われる。

国家間の侵略・搾取が性暴力・搾取と重なるような仕掛けになっている。えぐい…。

日本のミュージカルを見ていて、こうも踏みにじられる、蹂躙されていく感じを丁寧に見せられたことはなくて、海外の演出って面白いなあと思った。もちろん単純に観てる作品数が少なくてたまたま日本人演出でこういうの見たことないってだけかもしれないけど。
ただ、日本でいわゆるグランドミュージカルの演出ができる人ってどちらかというと権力をもつ人間であるというのはあるんじゃないだろうか。

1幕ものだったことについて

そういえば、開幕直前に上演時間について大炎上した。

舞台の価値は時間ごとのコストパフォーマンスなどとは別の話であって、的外れな批判もあったとは思うが、それでもオフブロードウェイの1幕版をやりますとチケットを売る前に出すことはできたはずである。
日本初演なわけでもなく、かつて2幕で上演しているのだからなおさらである。

公式にアナウンスがなく、インタビューで情報初出、その後の対応も俳優がTwitterにメモ長文のみで公式からは何もなしというのも…。

肝心の1幕にしてどうだったかというと、開国を迫られ開国してからのNextまで1幕で駆け抜けるというのは良かった。
とはいえ、もともと2幕の上演時間を想定して作曲されているものを、曲ごとカットはあっても、カットしない曲はそのまま使用しているのはそれでいいのかわからない。
心のさざ波や機敏を生き生きとうつしだす楽曲(しかも1曲あたりが結構長い)の間をセリフでものすごい勢いで話が進めるので、緩急が激しすぎてやりすぎ…と思った部分もある。

さいごに

ソンドハイム作品をやり遂げられる人(役者・スタッフ共に)を集め、舞台からも、役者さんの言葉からも日英の優れたメンバーが意見を交わし、細かく作り上げたことが伝わる作品だった。

この情熱が少しでも客側にも向けばよかったのにと思わないでもない。
良い作品が作れればお客(≒お金)もついてくるってそんなことは全くないのだから。
宣伝もそうだし、パンフレットも紙の質感とかにもこだわってオシャレなんだけど、レイアウト的に文字が読みにくいところがあり、なんかそういうとこだよって思ってしまった。

日本がアメリカに開国を迫られて開国する話を日本目線で描いたミュージカルをアメリカ人が作り、これを日本人が日本語で演じるバージョンを日英合同*1で作るというある種の悪趣味さが面白そうだなと思って見に行ったが、その悪趣味さがなかなか興味深いものを生み出していて、観に行って良かった。

一方で、アメリカ人が日本で現地妻をつくっていろいろ揉めるオペラ(雑)を、英仏がベトナム戦争に場所を置き換えたミュージカルを日本で日本語で日本人が演じるというのは、ちょっと私は受け入れられずにいるこの心境の違いは何だろうね。

*1:私にはイギリス人主体に見えた